押し付け、駄目、絶対

『植物を何1つ育てられない人に、動物や人は育てられない』

━━━━━私は、この言葉通りだと思う。植物を育てるのが上手か苦手かが、
その人の、基本的な良心とか、大事にできるのかとか示しているのだと思う。




………この言葉を見つけたのは、今から約1年程度前の話。
いつも通っている美容院で、縮毛矯正を行おうと予約をし、
その日にそれをしたときのことだった。
長年勤めているであろう美容師の方にそれをしてもらっている中で、
アイロンの熱で温かくなり、眠くなりながらも雑誌を読んでいたら、
上記のような言葉が出てきたのであった。

…植物を育てられない人には、人は育てられない。
植物には、動物や人間と違って、コミュニケーションを取る必要が無い。
しかし、だからこそ責任と愛情、そして配慮が必要不可欠なのだと感じた。

特に重要なのは配慮だ。第一、植物達は自分がどんな状態になろうとも、声を上げることはない。
これはイコール、自分がどんなに危機的な状態になろうとも、それを訴えることはないということ。
また、植物に何かしらの変化があって「どうしたの?」などと疑問をぶつけても、答えることはない。
ならばそうならないためにはどうするべきか?それは、栽培者がよく観察をするしかない。
「聞く」ことも確かに大事かもしれない。でも、私はどちらかというと「見る」方が大事だと思っている。

(特に人間相手となれば聞いたところで、嘘を教えられるかもしれないし、取り繕うこともあるかもしれない。
 だが、そういった言葉では完全な嘘をつけても、表情は態度は完全に嘘をつくことができない。
 特に人間の顔は、左右対称と見せかけて、実はそうではないのだとか。
 顔の中央で線を引き、左右で建前の顔と本音の顔で分かれているのだとか
 また、特定の言葉を乱用・連発したり、呟き1つ1つに共通の要素がある場合は、
 何かを疑ってかかった方がいいような気がする)

一口に植物と言っても、植物にはたくさんの分野と種類がある。
公園や道路でよく目にする草花・樹木をはじめ、メジャーになった多肉植物や、
室内用に緑として取り入れられる観葉植物、自給自足を兼ねた野菜・果物・ハーブ。
暑さが苦手な高山植物、やせた土地で独自の進化を遂げた食虫植物…。
挙げていくとキリがないが、植物は種類によって、実は用意する物や水やりの頻度、
そして必要不可欠な自然光の強弱が違う。

何が?どのくらい?どんなときに必要なのか?それが違うのは、動物も人間も同じだろう。

…その植物のことを自分なりに調べず(=知ろうとせず)、
自分の都合だけで栽培しようものならどうなるか?
…これらの話、植物だから「枯らしてしまった」に留まるのかもしれないが、
これを植物ではなく動物や人間に置き換えて想像してみると、実にとんでもない話である。
特に、枯れて再起不能になった場合というのは、動物や人間で言えば
「死んだ」、「身体が壊れた」、「精神崩壊した」、「病気になった」
そして「(悪い意味で)廃人になった」などを示すのだと思う。
そうなれば、「枯らした=殺した」ことにもなると思う。

そんなとき、枯らしてしまったことにどんな反応をするかで………。(植物も生きてますからね)

また、これは何も栽培や飼育、そして育児に限ったことではない。
部下をはじめとした教育や、他者の登場人物や世界観を扱う二次創作も、同じなのだと思う。
自分の知っている要素を押しつけるのではなく、
他者の持っている要素に合わせた組み込みが必要なのだと思う。

じ ぶ ん の や っ て い る 
こ と は な ん だ ?


…って、ときどき、どういう分野であれ、登場人物、部下、植物、動物、
そして人間と関わっていく際、振り返ってみた方がいいのだと実感した。
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心希(Wi&Mi)

Author:心希(Wi&Mi)
3/26生まれのO型。
絵を描いたりモノを作ったり、
自分にできることをやる。

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